国語の真似び(まねび) 受験と授業の国語の学習方法 

中学受験から大学受験までを対象として国語の学習方法を説明します。現代文、古文、漢文、そして小論文や作文、漢字まで楽しく学習しましょう!

「舞姫」豊太郎の「恨み」に迫る9 豊太郎の決断「承りはべり」と答える豊太郎

「舞姫」はいよいよ結末が迫ってきました。前回、エリスの手紙で自らの立場を自覚した豊太郎です。今日はその後を追っていきます。

前回のところで、豊太郎は自分がどんどん帰国に近づいていることを、エリスの手紙によって自覚しました。エリスにとっては、クビになり、子どももお腹の中にいる状況で、もはや豊太郎だけがたよりという状況になる中、豊太郎は自分が認められ日本に帰ることを自覚しました。

今日はここからです。

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今日の場所は、こちら。

余が大臣の一行と倶にベルリンに帰りしは、あたかも是れ新年のあしたなりき。停車場に別を告げて、我家をさして車をりつ。こゝにては今も除夜に眠らず、元旦に眠るが習なれば、万戸寂然たり。寒さは強く、路上の雪は稜角ある氷片となりて、晴れたる日に映じ、きら/\と輝けり。車はクロステル街に曲りて、家の入口にとゞまりぬ。この時窓を開く音せしが、車よりは見えず。馭丁ぎよていに「カバン」持たせて梯を登らんとする程に、エリスの梯を駈け下るに逢ひぬ。彼が一声叫びて我うなじを抱きしを見て馭丁は呆れたる面もちにて、何やらむひげの内にて云ひしが聞えず。「善くぞ帰り来玉ひし。帰り来玉はずば我命は絶えなんを。」
 我心はこの時までも定まらず、故郷をおもふ念と栄達を求むる心とは、時として愛情を圧せんとせしが、唯だ此一刹那せつな低徊踟※(「足へん+厨」、第3水準1-92-39)ていくわいちちうの思は去りて、余は彼を抱き、彼のかしらは我肩に倚りて、彼が喜びの涙ははら/\と肩の上に落ちぬ。
「幾階か持ちて行くべき。」とどらの如く叫びし馭丁は、いち早く登りて梯の上に立てり。
 戸の外に出迎へしエリスが母に、馭丁をねぎらひ玉へと銀貨をわたして、余は手を取りて引くエリスに伴はれ、急ぎて室に入りぬ。一瞥いちべつして余は驚きぬ、机の上には白き木綿、白き「レエス」などをうづたかく積み上げたれば。
 エリスは打笑うちゑみつゝこれをゆびさして、「何とか見玉ふ、この心がまへを。」といひつゝ一つの木綿ぎれを取上ぐるを見れば襁褓むつきなりき。「わが心の楽しさを思ひ玉へ。産れん子は君に似て黒き瞳子ひとみをや持ちたらん。この瞳子。嗚呼、夢にのみ見しは君が黒き瞳子なり。産れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉はじ。」彼は頭を垂れたり。「をさなしと笑ひ玉はんが、寺に入らん日はいかに嬉しからまし。」見上げたる目には涙満ちたり。
 二三日の間は大臣をも、たびの疲れやおはさんとてあへとぶらはず、家にのみ籠りをりしが、或る日の夕暮使して招かれぬ。往きて見れば待遇殊にめでたく、魯西亜行の労を問ひ慰めて後、われと共に東にかへる心なきか、君が学問こそわが測り知る所ならね、語学のみにて世の用には足りなむ、滞留の余りに久しければ、様々の係累もやあらんと、相沢に問ひしに、さることなしと聞きて落居おちゐたりと宣ふ。其気色いなむべくもあらず。あなやと思ひしが、流石に相沢のことを偽なりともいひ難きに、若しこの手にしもすがらずば、本国をも失ひ、名誉をきかへさん道をも絶ち、身はこの広漠たる欧洲大都の人の海に葬られんかと思ふ念、心頭をいて起れり。嗚呼、何等の特操なき心ぞ、「うけたまはりはべり」とこたへたるは。
 黒がねのぬかはありとも、帰りてエリスに何とかいはん。「ホテル」を出でしときの我心の錯乱は、たとへんに物なかりき。余は道の東西をも分かず、思に沈みて行く程に、往きあふ馬車の馭丁に幾度かしつせられ、驚きて飛びのきつ。暫くしてふとあたりを見れば、獣苑のかたはらに出でたり。倒るゝ如くに路のこしかけに倚りて、灼くが如く熱し、つちにて打たるゝ如く響くかしら榻背たふはいに持たせ、死したる如きさまにて幾時をか過しけん。劇しき寒さ骨に徹すと覚えて醒めし時は、夜に入りて雪は繁く降り、帽のひさし、外套の肩には一寸ばかりも積りたりき。
 最早もはや十一時をや過ぎけん、モハビツト、カルヽ街通ひの鉄道馬車の軌道も雪に埋もれ、ブランデンブルゲル門のほとり瓦斯燈ガスとうは寂しき光を放ちたり。立ち上らんとするに足の凍えたれば、両手にてさすりて、漸やく歩み得る程にはなりぬ。
 足の運びのはかどらねば、クロステル街まで来しときは、半夜をや過ぎたりけん。こゝ迄来し道をばいかに歩みしか知らず。一月上旬の夜なれば、ウンテル、デン、リンデンの酒家、茶店は猶ほ人の出入盛りにてにぎはしかりしならめど、ふつに覚えず。我脳中には唯※(二の字点、1-2-22)我はゆるすべからぬ罪人なりと思ふ心のみ満ち/\たりき。
 四階の屋根裏には、エリスはまだねずとぼしく、烱然けいぜんたる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺の如き雪片に、たちまち掩はれ、乍ちまた顕れて、風にもてあそばるゝに似たり。戸口に入りしより疲を覚えて、身の節の痛み堪へ難ければ、ふ如くに梯を登りつ。庖厨はうちゆうを過ぎ、室の戸を開きて入りしに、机に倚りて襁褓むつき縫ひたりしエリスは振り返へりて、「あ」と叫びぬ。「いかにかし玉ひし。おん身の姿は。」
 驚きしもうべなりけり、蒼然として死人に等しき我面色、帽をばいつの間にか失ひ、髪はおどろと乱れて、幾度か道にてつまづき倒れしことなれば、衣は泥まじりの雪に※(「さんずい+于」、第3水準1-86-49)よごれ、処々は裂けたれば。
 余は答へんとすれど声出でず、膝のしきりにをのゝかれて立つに堪へねば、椅子をつかまんとせしまでは覚えしが、そのまゝに地に倒れぬ。 

 

 ロシアから帰国した朝~エリスの愛情と豊太郎の反応

というわけで、豊太郎がロシアから帰国してきます。当然、エリスは待ちに待っているわけです。そのエリスの愛情の深さと、豊太郎がそれにどう応えていくかを見ていきましょう。

駆け下りてだきつくエリス

余が大臣の一行と倶にベルリンに帰りしは、あたかも是れ新年のあしたなりき。停車場に別を告げて、我家をさして車をりつ。こゝにては今も除夜に眠らず、元旦に眠るが習なれば、万戸寂然たり。寒さは強く、路上の雪は稜角ある氷片となりて、晴れたる日に映じ、きら/\と輝けり。車はクロステル街に曲りて、家の入口にとゞまりぬ。この時窓を開く音せしが、車よりは見えず。馭丁ぎよていに「カバン」持たせて梯を登らんとする程に、エリスの梯を駈け下るに逢ひぬ。彼が一声叫びて我うなじを抱きしを見て馭丁は呆れたる面もちにて、何やらむひげの内にて云ひしが聞えず。「善くぞ帰り来玉ひし。帰り来玉はずば我命は絶えなんを。」
 我心はこの時までも定まらず、故郷をおもふ念と栄達を求むる心とは、時として愛情を圧せんとせしが、唯だ此一刹那せつな低徊踟※(「足へん+厨」、第3水準1-92-39)ていくわいちちうの思は去りて、余は彼を抱き、彼のかしらは我肩に倚りて、彼が喜びの涙ははら/\と肩の上に落ちぬ。
「幾階か持ちて行くべき。」とどらの如く叫びし馭丁は、いち早く登りて梯の上に立てり。

端的にまとめると、エリスが豊太郎の車が到着すると同時に、階段をかけおりてきて抱きつくという感動的なシーンですね。

ここにエリスの愛情の深さが描かれているのですが、読み取れましたでしょうか。

まず、到着するのは元旦。欧米のイメージを思い出してもらえばいいと思いますが、カウントダウンを祝いますから、元旦=朝は寝ているのが普通だ、と紹介されています。その朝に、これだけタイミングよく出てくるということはまったく寝ずに待っていた、ということでしょう。

しかも、窓を開ける音がした、ということですから、

  1. 寝ないで豊太郎を待って聞き耳を立てている。寒いから窓は開けていない。
  2. 車の音がしたので、窓を開けて確認。すぐに閉めて迎えにいく。
  3. 階段を駆け下りて、豊太郎に抱きつく。

という展開です。暗い部屋の中で聞き耳を立てながら、ひたすら豊太郎を待ち、音とともに窓を開けて確認する…。結構おそろしい光景ですね。

さて、豊太郎の方の反応は、いかがですか?

そうです。

我心はこの時までも定まらず、故郷をおもふ念と栄達を求むる心とは、時として愛情を圧せんとせしが、唯だ此一刹那せつな低徊踟※(「足へん+厨」、第3水準1-92-39)ていくわいちちうの思は去りて、余は彼を抱き、彼のかしらは我肩に倚りて、彼が喜びの涙ははら/\と肩の上に落ちぬ。

よかったです。彼はずっと迷っていました。場合によっては、「故郷をおもふ念と栄達を求むる心」はエリスへの「愛情」をつぶそうとしたわけですから、ほっとします。彼は、この一刹那、躊躇している思いが去ってエリスを抱きしめるわけです。

ハッピーです。

…。

とはなかなかいえないですよね。

だって「一刹那」。つまり一瞬ですから。言葉の裏側を読めば、この一瞬は迷いが去ったけれど、しばらく経てば、また迷いの中にいるわけですね。

部屋の中の様子

部屋の中に入ってくると、ラストに向けて、象徴的な小道具が出てきます。国語の先生だったら、必ず触れてくるだろう「襁褓」ですね。

おむつ、あるいは、子供の産着ですね。

一瞥いちべつして余は驚きぬ、机の上には白き木綿、白き「レエス」などをうづたかく積み上げたれば。
 エリスは打笑うちゑみつゝこれをゆびさして、「何とか見玉ふ、この心がまへを。」といひつゝ一つの木綿ぎれを取上ぐるを見れば襁褓むつきなりき。「わが心の楽しさを思ひ玉へ。産れん子は君に似て黒き瞳子ひとみをや持ちたらん。この瞳子。嗚呼、夢にのみ見しは君が黒き瞳子なり。産れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉はじ。」彼は頭を垂れたり。「をさなしと笑ひ玉はんが、寺に入らん日はいかに嬉しからまし。」見上げたる目には涙満ちたり。

エリスは帰りを待っている間、ひたすら、産着を作り続けていたわけですね。堆く積み上げられた、というのを言葉通り想像すると、結構衝撃的です。

じゃあ、豊太郎は、これにどう応えるか?

せいぜい、「一瞥して余は驚きぬ」ぐらいです。まったく答えがない。さらにエリスの問いかけはちゃんとプレッシャーになっています。

まず、第一に、

産れん子は君に似て黒き瞳子ひとみをや持ちたらん。この瞳子。嗚呼、夢にのみ見しは君が黒き瞳子なり。

ときます。これ、すごくないですか?ちょっと差別意識が入ってしまうかもしれませんが、ドイツのきれいな女の子が自分の子どもは日本人らしくあってほしいといっているんです。

これ、すごくないですか?

もちろん、豊太郎を逃がさないため、ともいえるでしょう。他のやつの子どもだ、なんて言い逃れされる可能性はないともいえない。でも、黒い瞳をしてくれば…。もう豊太郎は言い逃れができない。

だからエリスはこんな風にも言っています。

産れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉はじ。

たぶん教科書の注には、「あだし名」に「別姓」とかっていう注がついていると思います。

「あだ」は「徒」ですね。古文単語なら重要単語。「不誠実な」こと。特に「あだ心」といえば、「浮気心」のこと。

だから、ここは「不誠実な名前」ということです。

わかりますね。誠実な苗字を名乗る、ということは、エリスがきちんと結婚してもらえるということ。だから、正しい心だし、不誠実な苗字なんて決してないわよね~ときているわけです。

こわ~い。

おそろし~い。

もしかして、あんた。結婚しないで逃げようって考えてる?そんなことできないわよ、私許さないからね。

ということですね。

そんなこと決してしないわよねって、信じているように見えて信じてないから言うんですよね。あ~おそろしい。

でも、豊太郎くん、これもきっとうまくごまかしているようで、返事は書かれていません。

 

大臣からの帰国の誘い

当然の帰結ですが、ほどなく大臣から帰国の誘いがきます。

 二三日の間は大臣をも、たびの疲れやおはさんとてあへとぶらはず、家にのみ籠りをりしが、或る日の夕暮使して招かれぬ。往きて見れば待遇殊にめでたく、魯西亜行の労を問ひ慰めて後、われと共に東にかへる心なきか、君が学問こそわが測り知る所ならね、語学のみにて世の用には足りなむ、滞留の余りに久しければ、様々の係累もやあらんと、相沢に問ひしに、さることなしと聞きて落居おちゐたりと宣ふ。其気色いなむべくもあらず。あなやと思ひしが、流石に相沢のことを偽なりともいひ難きに、若しこの手にしもすがらずば、本国をも失ひ、名誉をきかへさん道をも絶ち、身はこの広漠たる欧洲大都の人の海に葬られんかと思ふ念、心頭をいて起れり。嗚呼、何等の特操なき心ぞ、「うけたまはりはべり」とこたへたるは。

さて、大臣の言葉を抜き出してみましょう。

われと共に東にかへる心なきか、君が学問こそわが測り知る所ならね、語学のみにて世の用には足りなむ、滞留の余りに久しければ、様々の係累もやあらんと、相沢に問ひしに、さることなしと聞きて落居おちゐたり

大臣のセリフのポイントをまとめます。

  1. 私とともに東に帰る気持ちはないか?
  2. 君の学問は私の知ったことではないが、語学だけで十分だろう。
  3. ドイツにずいぶんいるらしいから、様々な関係があるんじゃないかと思って相沢に聞いたら、そんなことはないと聞いて安心した。

こんな感じですね。

まず、2です。「~こそ、已然形、」の形は古文で言うなら「~ど」を補う形ですね。これは大臣の度量の深さを表しています。

豊太郎が免官になったのは、ひとつは「まことの我」に目覚めて、官長にさからっていたことです。それは、天方伯は、いいと言っている。どんな思想を持っていようがおれはかまわん。語学の能力だけを見てやる。そういうことでしょう。

これはすごいことです。

しかし、3は、かなり気を使ってふれないようにしていますが、様々な関係というのは、女性関係ですね。そして、これが、免官になった二つ目の理由。

こちらは、だめだといっています。

女関係でクビになったらしいな。それはちょっと心配だったんで、相沢に確認したら、もう解決していると。安心したよ…ということは、別れてなかったらだめだということですね。

さて、いよいよ、決断です。

だって、今まではよくわからず、とりあえず、目の前の仕事をやってきたのかもしれませんが、今回は、エリスの手紙を読んで、自分の立場を理解した後の話ですから。

彼は、「承りはべり」と答えます。このままでは、欧州大都の人の海に葬られてしまう。彼はとっさにそう思ったからです。

そして、それははじめて彼がエリスと別れると結論を出した瞬間でした。

 

街の中をさまよう豊太郎

これは今までの返事と明らかに違います。

最初の返事は、カイゼルホオフでの相沢への返事。「しばらくこの情縁を断たんと約しき」でした。これは、「しばらく」とついていますし、この時にはそう答えただけで、本当にそうするかは決めていない。

まあ、この返事がもとで、こうなったわけですが。

次がロシアに行く返事。これはよく考えたんじゃなくて、とっさに返事しただけ、という言い訳。

でも、今回は、そうはいきません。ある意味でエリスと別れると結論をだしたわけです。「特操なき心」と書いていますが、ここで豊太郎が考えるのは、

「帰りてエリスに何とか言はん」

ということ。どう説明すればいいだろうか?

これが浮かばないからこそ、彼は家に帰れなくなります。つまり、何といっていいかわからないからこそ、彼は変えることができなくなるんです。

  黒がねのぬかはありとも、帰りてエリスに何とかいはん。「ホテル」を出でしときの我心の錯乱は、たとへんに物なかりき。余は道の東西をも分かず、思に沈みて行く程に、往きあふ馬車の馭丁に幾度かしつせられ、驚きて飛びのきつ。暫くしてふとあたりを見れば、獣苑のかたはらに出でたり。倒るゝ如くに路のこしかけに倚りて、灼くが如く熱し、つちにて打たるゝ如く響くかしら榻背たふはいに持たせ、死したる如きさまにて幾時をか過しけん。劇しき寒さ骨に徹すと覚えて醒めし時は、夜に入りて雪は繁く降り、帽のひさし、外套の肩には一寸ばかりも積りたりき。
 最早もはや十一時をや過ぎけん、モハビツト、カルヽ街通ひの鉄道馬車の軌道も雪に埋もれ、ブランデンブルゲル門のほとり瓦斯燈ガスとうは寂しき光を放ちたり。立ち上らんとするに足の凍えたれば、両手にてさすりて、漸やく歩み得る程にはなりぬ。
 足の運びのはかどらねば、クロステル街まで来しときは、半夜をや過ぎたりけん。こゝ迄来し道をばいかに歩みしか知らず。一月上旬の夜なれば、ウンテル、デン、リンデンの酒家、茶店は猶ほ人の出入盛りにてにぎはしかりしならめど、ふつに覚えず。我脳中には唯※(二の字点、1-2-22)我はゆるすべからぬ罪人なりと思ふ心のみ満ち/\たりき。

 彼は公園のベンチで時を過ごします。思わず、眠ってしまう。はっと我に帰ると、肩や帽子のひさしには、1寸、3センチも雪が積もっている。

もはや漫画です。

時間は11時をすぎている。ずいぶん時間が経過しました。

帰るしかありません。じゃあ、帰ってどうするのか?そんな答えは出るはずもなく、彼の頭の中にあるのは、

「我は許すべからぬ罪人なり」

です。

 

そして、倒れる豊太郎

 四階の屋根裏には、エリスはまだねずとぼしく、烱然けいぜんたる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺の如き雪片に、たちまち掩はれ、乍ちまた顕れて、風にもてあそばるゝに似たり。戸口に入りしより疲を覚えて、身の節の痛み堪へ難ければ、ふ如くに梯を登りつ。庖厨はうちゆうを過ぎ、室の戸を開きて入りしに、机に倚りて襁褓むつき縫ひたりしエリスは振り返へりて、「あ」と叫びぬ。「いかにかし玉ひし。おん身の姿は。」
 驚きしもうべなりけり、蒼然として死人に等しき我面色、帽をばいつの間にか失ひ、髪はおどろと乱れて、幾度か道にてつまづき倒れしことなれば、衣は泥まじりの雪に※(「さんずい+于」、第3水準1-86-49)よごれ、処々は裂けたれば。
 余は答へんとすれど声出でず、膝のしきりにをのゝかれて立つに堪へねば、椅子をつかまんとせしまでは覚えしが、そのまゝに地に倒れぬ。

エリスはまだ起きています。襁褓を縫っているんですね。まあ、道からはわかりませんが、起きていることはわかります。灯火がついていますから。

烱然けいぜんたる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺の如き雪片に、たちまち掩はれ、乍ちまた顕れて、風にもてあそばるゝに似たり。

 なんて、「風前の灯」を思い起こさせる、ありきたりの描写ともいえなくもありませんが、お前のせいだろ!!というツッコミが一斉に入りそうな場面かもしれません。雪は何を表すんだっていう話。

まあ、先に行きます。

ともかくも家にたどりついた豊太郎ですが、最後に襁褓を縫っているエリスを目にして、そのまま倒れてしまうのです。

 

 

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