国語の真似び(まねび) 受験と授業の国語の学習方法 

中学受験から大学受験までを対象として国語の学習方法を説明します。現代文、古文、漢文、そして小論文や作文、漢字まで楽しく学習しましょう!

近代文学史~明治時代がやってきた!まずは、全ジャンルに「外国」が輸入されていく!概論

ようやく文学史は明治時代にたどりつきました。現代文分野の文学史が出る大学はかぎられてきますが、しっかりまとめておきたいと思います。今日は、「明治」がやってきた、という話です。

現代文分野の文学史は、さほど出題されない、というか、大学によって大きく異なると思います。理由は簡単で、大学入試の問題はたいていの場合、本文からの関連で出題するからです。現代文分野でそういった問題を出題するためには、本文が

  • 作家や評論家の文章である。
  • 文学について論じる、もしくは文章の中に人物名や作品名がある。

のどちらかである必要があります。

となると、ほとんどの大学では、そういった文章を読ませることがない、ということですね。文学部などでは、文学論を読ませる確率があがりますが、それ以外では非常に少ない、ということなんです。

でも、早稲田の政経や文化構想など、近代に書かれた文章を必ず出すような大学では、出そうと思えば出せる状況になります。もちろん、小説やエッセイを出す可能性がある大学も出る可能性はあるわけですね。

というわけで、現代文分野に入ります。

 

明治は「江戸からの流れ」とそれを飲み込む「西洋文化」

文化というものは、民衆に根ざしたものですから、基本的には時代が変わってもそれを受け継ぎながら、反動の動きになったり、新しいものが生まれたりするんですね。

ところが、この明治だけはわかると思いますが、「西洋文化」というまったくなかったものが、強引に移植されるかのような動きにもなるわけです。言葉自体もそうですが、形式、思想などありとあらゆる日本にないけど西洋にあるものが、ぼんと移植されてくる。場合によっては、今まで日本にあったものを、根こそぎ刈り取ってそこに植えるような作業を平気でやっていくわけですね。

江戸時代の流れをくむ動き

とはいえ、まずは伝統的な日本文化、もうちょっというと、江戸時代の文学の流れをくむ部分を検討していきましょう。

要するに、海外、つまり西洋という未知の文化に出会えば、当然、新しい文化の流れができあがりますね。でも、一人の人間の立場で見れば、変われない人、受け入れられない人、いい言い方をするなら、伝統を大事にする人、守ろうとする人だっているわけですよね。もしかしたら、変わろうとしたけれど現代から見たら変わっていないとか。あるいは新しいとか古いとかでなく、とにかく「よい」と思うものを作ろうとしたそれだけの話に決まってるんですけどね。

戯作文学

一番、流れが残るのは、物語、小説です。逆にいうと、それ以外の部分はかなりの部分、西洋に持って行かれます。それがいいとかわるいとか、そういう判断は私はしませんが…。やっぱりこれは功罪があることは間違いないので…。

物語・小説の分野は逆に言えば、江戸時代の間にそれだけ根ざした、ということが言えるのだと思います。出版がされるようになり、庶民がそれを楽しむ。その流れが戯作文学です。

仮名垣魯文の「安愚楽鍋」が有名でしょう。

擬古典主義

明治30年代に入っても全体の流れに抵抗するかのように、内容はともかく形式的には古典的な文学も続いていきます。考えて見れば「舞姫」だってこういう流れ。内容は当然近代的ですが…。なので、こういう言葉だけでふるくさいとか時代遅れとはいえませんが、こういう流れもあるわけですね。

この流れは、尾崎紅葉、山田美妙らの硯友社です。「我楽多文庫」を発刊します。難しいのはこのあと説明しますが、坪内逍遙の写実的なものを歓迎するんですが、実際には江戸文学の模倣がみられる、というあたりですね。

尾崎紅葉といえば、「金色夜叉」ですね。

他に擬古典の感じを探すと、まずは幸田露伴です。「五重塔」が代表作。紅露時代なんて言葉もあるぐらいです。

もうひとりは、樋口一葉の「たけくらべ」「にごりえ」あたりでしょう。絶対読んだ方がいいですよ。

西洋文化の流入

一方で、今までなかった西洋文化と出会い、さまざまな形で日本文化の中にそうしたものが入ってきました。

思想

まず、自由民権運動に象徴されるような政治の新しい動きが出てきます。「学問のすすめ」の福沢諭吉とかです。

この流れの中で、出てくるのがまずは政治小説。矢野龍渓の「経国美談」とか東海散士の「佳人之奇遇」、末広鉄腸の「雪中梅」などです。翻訳小説とともにまず出てくる形になります。

小説

西洋的な「小説」を流入させるということでいえば、なんといっても坪内逍遙の「小説神髄」です。要は小説とはどういものか、ということですが、ここから写実主義、自然主義へとつながっていく流れができあがっていきます。


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逍遙の名義で最初出版されたのが、二葉亭四迷の「浮雲」です。名前はふざけてるし、作品も未完ですが、まあ、読むとびっくりします。ちゃんとした小説です。言文一致運動というのの代表で出てきますが、とにかく内容的にもみるべきものがあります。

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一方で浪漫主義とも言える流れも起こります。森鴎外や北村透谷の「文学界」ですね。鴎外はまた後で説明しますが、逍遙との間に「没理想論争」を起こします。北村透谷は、そういう意味ではすごく重要なので覚えておきましょう。「内部生命論」とか「人生に相渉るとは何の謂ひぞ」などです。すごくわかりやすくまとめると、恋愛、自由恋愛に価値をおいて、自我の確立とか個人とか自由とか、そういう方向にもっていくという話です。

詩~短歌と俳句

まずは、外山正三らの「新体詩抄」です。はっきりいってしまえば、歌でもない、俳句でもない、漢詩でもない、西洋の詩をいれくるだけ。形だけの輸入です。これが成立していくためには、翻訳詩を経て、島崎藤村の登場を待つ必要があるんですが、これはまた後で詳しくやりましょう。

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短歌は基本的に江戸時代もふくめて、時代がとまったかのようです。ある流派に牛耳られて、あまり新しいものが生まれてきません。このあたりは、連作による短歌の再生を待たなければいけないんですが、この辺はすでに展開しました。あとで、人名だけにしてまとめますが…

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正岡子規や与謝野晶子の登場を待つことになります。

俳句は、発句を独立させるものとして明治に形になりますが、やはり正岡子規によって、大きな変革を迎えることになります。 

演劇

今も能・狂言、浄瑠璃、歌舞伎と続いているように、明治になって廃れていくということではありませんが、西洋演劇が入ってきて、西洋型の劇場が作られます。

坪内逍遙がシェイクスピアを上演したりするんですが、それがいわゆる「新劇」というものですね。早稲田大学のキャンパスに演劇博物館がありますが、そこにこの手の資料があります。逍遙とともにいるのが、早稲田文学と言えば、ですが、島村抱月です。女優、松井須磨子との関係とか自然主義小説の流れにもからんでくるのですが、そういう演劇が生まれてきます。

その後でいえば、小山内薫の自由劇場などもあります。

 

基本的な対立軸は、「浪漫」と「写実・写生・自然主義」

さて、次回以降、ジャンル別に細かく説明していきますが、今日は概略という中で、全ジャンルに通じる説明をしておきたいと思います。

要するに、今までの流れを捨てるかのように新しい西洋文化が入ってくるんですが、どういう分類ができるかですね。

大きく二つの流れがありまして、この二つの流れで見ることができると、すごく理解しやすくなっていきます。

その二つが「写生・写実・自然主義」と、「浪漫」の流れです。この二つ自体、明確な区分ではありませんし、作家自体も作風が変われば、どちらかからどちらかへ動いたりします。でも、大きくこのふたつの流れが理解できると、どのジャンルもわかりやすくなります。

写生・写実・自然主義

坪内逍遙が入れてきた流れで、要は、ありのままを飾らず描き出すということ。フランスのゾラが主流となった自然主義へと動いていきます。

小説で言えば、まずは、坪内逍遙の「小説神髄」。ですから、小説で言えば、どちらかというとこちらが主流になります。後の自然主義で、「早稲田文学」です。ある程度文壇の主流派ともいえます。

詩歌でいえば、正岡子規の「アララギ」です。こうした流れがひとつの流れとして動くわけですね。

浪漫派

スタートで言えば、森鴎外、北村透谷の「文学界」の流れです。「浪漫」といえば、「ロマンチック」のこと。比喩的というか心情的というか、そういう部分を重視しているわけですね。

小説でいえば、早稲田文学に対して慶応の「三田文学」ですね。永井荷風とかです。あとでまた説明しますね。この部分だけに関して言えば、小説は自然主義が主流派です。

で、浪漫的な流れが大きなうねりになるのは、なんといっても詩歌です。

鴎外とか透谷の「文学界」も、まずは詩ですね。「於母影」といった翻訳詩とかから動くんですが、こういうのも文学界の流れ。島崎藤村が詩を作っていきますが、これもまずは「浪漫」の動きです。

歌に目を移せば、「明星」。与謝野鉄幹、晶子の雑誌ですね。啄木もこっちですし、白秋もこっちです。

 

このふたつの動きの中で、小説などでは第三の動きとして、白樺派のようなものが生まれていくわけです。

では、今日はここまで。ここからは小説、詩、短歌などをジャンル別に、明治から大正へと駆け抜けてみたいと思います。