国語の真似び(まねび) 受験と授業の国語の学習方法 

中学受験から大学受験までを対象として国語の学習方法を説明します。現代文、古文、漢文、そして小論文や作文、漢字まで楽しく学習しましょう!

おもしろい古文の世界~昔話って古文のこと。本当の昔話 その2 一寸法師

今日は「おもしろい古文の世界」の昔話編の一寸法師です。

ここまで、おもしろい古文の世界のお話を続けてまいりました。今日は昔話シリーズの二つ目。「一寸法師」です。

一寸法師は、「お伽草子」の中のお話。

江戸時代に作品として成立していますが、物語の原型自体は室町時代にはできあがっていたようです。江戸時代は印刷技術の時代ですから、こういうお話がまとめられて刷られて、多くの庶民に読まれるようになっていくわけですね。

さて、それでは、もともとの「一寸法師」はどんな物語なのか読んでいきましょう。

一寸法師誕生!

さて、それでは物語を読んでいきましょう。物語はこんな風に始まります。

 中ごろのことなるに、津の国難波の里に、おほぢとうばと侍り。うば四十に及ぶまで、子のなきことを悲しみ、住吉に参り、なき子を祈り申すに、大明神あはれとおぼしめして、四十一と申すに、ただならずなりぬれば、おほぢ喜び限りなし。やがて十月と申すに、いつくしき男子をまうけけり。さりながら、生まれおちてより後、背一寸ありぬれば、やがてその名を一寸法師とぞ名づけられたり。

「おほぢ」と「うば」ですから、おじいさんとおばあさん。おきなとおうなですね。どうでもいいんですが、男はこどもから「をのこ」「をとこ」「おとこ」「おきな」、女は「めのこ」「をとめ」「をんな(をみな)」「おうな(おみな)」となっていきます。つまり「を」が若くて、「お」がお年なんですね。豆知識です。

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で、この二人が子どもができないのが悲しくて、住吉の大明神、住吉の神社に頼むわけです。大阪ですね。難波とあるからわかると思います。

生まれたのは「いつくしき」男の子。「うつくし」の語源が「いつくし」と説明していますが、「慈しむ」ですね。

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そして、大喜びで授かった子どもが、一寸しかなかったので、一寸法師と名付けられることになったのです。

一寸法師、家を出る!

さて、ここから少しずつ、皆さんの知っている話と中身が変わっていきます。

年月を経るほどに、はや十二、三になるまで育てぬれども背も人ならず、つくづくと思ひけるは、ただ者にてはあらざれ、ただ化物風情にてこそ候へ、我らいかなる罪の報いにて、かやうの者をば住吉より給はりたるぞや、あさましさよと、見る目もふびんなり。夫婦思ひけるやうは、「あの一寸法師めをいづ方ヘもやらばやと思ひける」と申せば、やがて一寸法師このよし承り、親にかやうに思はるるも口惜しき次第かな、いづ方へも行かばやと思ひ、刀なくてはいかがと思ひ、針を一つうばに請ひ給へば、取り出だし給びにける。すなはち麦わらにて柄鞘をこしらへ、都へ上らばやと思ひしが、自然船なくてはいかがあるべきとて、また、うばに「御器と箸と給べ」と申しうけ、名残惜しくとむれども、立ち出でにけり。

このおじいさんとおばあさんは、次のように思います。

「この子はただ者ではないのだけれど、ただ化け物みたいであるのだけれど、私たちはどんな罪の報いでこんな者を住吉からいただいたのが、驚きあきれることだ」

いやあ、ひどい話になってきました。「ふびんなり」ですから、「不都合だ」ですね。さらには、

「あの一寸法師めをいづ方へもやらばや」と申せば、

と続きます。

未然形+「ばや」は、自己願望、つまり「~たい」です。

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「あの一寸法師やろうをどこへでもやってしまいたい!」と「言ったので」ですね。

思ったんじゃないですよ。言ったんです。こんなひどいことを。

一寸法師は「このよし承り」ですから、この言い渡し、この事を「承知」したわけですね。親にこんなことを言われるのも悔しいから、どこへでも行きたい、って感じです。このあたり「未然+ば」がいっぱい出てきますから、慣れましょうね。

で、船がなくちゃいけないと、お椀と箸をもらって都へ向かう。

「名残惜しくとむれば」というのがちょっと不思議なところで、あれだけひどいことを言ったおじいさんとおばあさんも、いざ別れとなると止めたくなるわけです。あら、不思議。

京都では、宰相殿の家に住み込む。

こうして、一寸法師は都、京都にやってきます。

 住吉の浦より、御器を船としてうち乗りて、都へぞ上りける。
  住みなれし難波の浦を立ち出でて都へいそぐ我が心かな
 かくて鳥羽の津にも着きしかば、そこもとに乗り捨てて都に上り、ここやかしこと見るほどに、四条五条のありさま、心も言葉にも及ばれず。
 さて三条の宰相殿と申す人のもとに立ち寄りて、「物申さん」と言ひければ、宰相殿はきこしめし、おもしろき声と聞き、縁の端へ立ち出でて、御覧ずれども人もなし。一寸法師、かくて人にも踏み殺されんとて、有りつる足駄の下にて、「物申さん」と申せば、宰相殿、不思議のことかな、人は見えずして、おもしろき声にて呼ばはる、出でて見ばやとおぼしめし、そこなる足駄履かんと召されければ、足駄の下より、「人な踏ませ給ひそ」と申す。不思議に思ひて見れば、逸興なるものにてありけり。宰相殿御覧じて、げにもおもしろき者なりとて、御笑ひなされけり。

やってきたのは、三条の宰相殿と呼ばれる人の家。

ここからの展開、敬語で言うと、一寸法師は「尊敬なし」、宰相殿は「尊敬」または「二重尊敬」ですね。

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こうして、敬語の知識がちょっとあると、主語をつかむのが楽になりますね。

「物申さん」と言っているのは、一寸法師。お話があります、みたいな感じでしょうか。

聞いたり、見たりするのは、宰相殿。「聞こしめす」とか「御覧ず」とかです。声は聞こえるけど、姿が見えない。足駄を履こうとすると、その下から、

「人な踏ませ給ひそ」と申す

「申す」は謙譲語ですから、偉い人に言っているし、尊敬語はないから、一寸法師。「な~そ」は禁止で、「給ふ」がついていますから、相手にお願いしていますね。

宰相殿は一寸法師に興味を持ちます。まあ、ここまではそんなにイメージに差はないかもしれないですね。

宰相殿の姫君に恋をした一寸法師は…。

こうして一寸法師は、宰相殿の家に住み込みます。十六になった一寸法師は、十三歳の姫君に恋をします。姫君も二重尊敬などが使われていますから、わかりやすいですね。

 かくて年月送るほどに、一寸法師十六になり、背はもとのままなり。さるほどに、宰相殿に十三にならせ給ふ姫君おはします。御かたちすぐれ候へば、一寸法師、姫君を見奉りしより思ひとなり、いかにもして案をめぐらし、我が女房にせばやと思ひ、ある時、みつものの打撒取り、茶袋に入れ、姫君の臥しておはしけるに謀をめぐらし、姫君の御口にぬり、さて茶袋ばかり持ちて泣きゐたり。宰相殿御覧じて御尋ねありければ、「姫君の、わらはがこのほど取り集めて置き候ふ打撒を、取らせ給ひ御参り候ふ」と申せば、宰相殿大きに怒らせ給ひければ、案のごとく姫君の御口に付きてあり。「まことに偽りならず。かかる者を都に置きて何かせん。いかにも失ふべし」とて、一寸法師に仰せつけらるる。一寸法師申しけるは、「わらはが物を取らせ給ひて候ふほどに、とにかくにもはからひ候へとありける」とて、心のうちにうれしく思ふこと限りなし。姫君はただ夢の心地して、あきれはててぞおはしける。

さて、ここで「えっ」と思う単語が飛び出します。

「案をめぐらす」って書いてありますね。そうなんです。作戦を練るんです。「我が女房にせばや」という感じで。また「未然+ばや」です。もう大丈夫ですよね?

「打撒」がわからないですね。これ、米粒のことです。一寸法師は、たぶん米粒がひとつあればご飯なんてお腹いっぱいになるんだと思うんですが、これを寝ている姫君の口にぬる。そして、米粒が入っていた茶袋を持って泣くと。普通に考えれば意味不明。でも、策略ですから。

そこに通りかかるのは姫のお父さん、宰相殿です。そうすると、一寸法師が泣いて言うわけです。

「僕が大事に集めた米粒を…」

その後ですが「取らせ給ひ」と二重尊敬ですからここは姫君ですね。だとすると受けている「御参り」「候ふ」は尊敬語で取りたいところ。こういうのが気づけると強いんです。「候ふ」は丁寧語なんで尊敬でとるのは「参る」。

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そうです。尊敬語では「召す」です。着るとか食べるとかの尊敬語。というわけで、

「姫君が僕の米粒取って食べちゃった」

ですね。

ひどい。ひどすぎる。

お父さん、宰相は怒って、姫の口に付いた米粒確認して、「都には置いておけない」となってしまいます。「いかにも失ふべし」とありますが、娘を失う、この生活を娘が失うというあたりの解釈でしょうか。

「とられたものは自分のものなのだから、あれこれはからわせてくれ」という感じでしょうか。

一寸法師が「うれしい」と書いてありますが、そりゃそうです。策略通りですから。それに対して、姫君は驚きあきれるとありますがそれも当たり前ですね。

姫君が追い出されていく背景は…

それにしても、こんなことぐらいで、どうして姫君、つまり自分の娘を、都から追い出す必要があるのか?ちょっと疑問ですが、そんな背景もちゃんと物語で設定されます。

 一寸法師、「とくとく」とすすめ申せば、闇へ遠く行く風情にて、都を出でて足にまかせて歩み給ふ。御心のうち推しはからひてこそ候へ。あらいたはしや、一寸法師は姫君を先に立ててぞ出でにけり、宰相殿は、あはれ、この事をとどめ給ひかし、とおぼしけれども、継母のことなればさしてとどめ給はず。女房たちも付き添ひ給はず。

一寸法師が「とく=早く」と急かすけれど、姫君は「闇へ遠く行く」ような感じ。そりゃそうです。そもそも無実ですし。

ここにきて、父宰相殿も「とどめ給ひかし」、つまり「誰かにとどめていただきたい」と考えますが、そうはなりません。

そこで語られるのは「継母=ままはは」ですね。もともと、宰相殿が再婚して、今のお母さんは姫を厄介なものと考えていたのでしょう。つまり、奥さんの手前、どうしても止められない。お付きの女房もなしに彼女は一寸法師に連れ出されます。

ここからはいったんよく知っている展開に。

姫君はここまでひどい目にあいましたが、ようやくここからよく知っている鬼退治の展開になります。

姫君、あさましきことにおぼしかして、「かくていづ方へも行くべきならねど、難波の浦へ行かばや」とて、鳥羽の津より船に乗り給ふ。折節、風荒くして、きやうがる島へぞ着けにける。船よりあがり見れば、人住むとも見えざりけり。かやうに風悪く吹きて、かの島へぞ吹き上げける、とやせんかくやせんと思ひわづらひけれども、かひもなく、船よりあがり、一寸法師はここかしこと見めぐれば、いづくともなく鬼二人来たりて、一人は打出の小槌を持ち、いま一人が申すやうは、「呑みて、あの女房取り候はん」と申す。口より呑み候へば、目のうちより出でにけり。鬼申すやうは、「これはくせ者かな。口をふさげば目より出づる」。一寸法師は鬼に呑まれては、目より出でてとび歩きければ、鬼もおぢをののきて、「これはただ者ならず。ただ地獄に乱こそ出で来たれ。ただ逃げよ」といふままに、打出の小槌、杖、しもつ、何に至るまでうち捨てて、極楽浄土の乾の、いかにも暗き所へ、やうやう逃げにけり。

一寸法師は、難波に戻るつもりだったんですが、風のせいで、「きやうがる島」、風変わりな島についてしまいます。

ここからは、なんとなく同じ話。一寸法師を呑み込んで、姫を取ってしまおうと鬼たちがたくらみますが、鬼を一寸法師がやっつけます。

鬼は極楽浄土である西北の方向に逃げていきます。

乾は方角。戌と亥。そこに打ち出の小槌なんかを老いて逃げていく。鬼が極楽浄土の方向に逃げる…ってなんか違和感ありますよね?でも、暗い方向ってありますから、極楽浄土ってあんまり、楽しそうでもない。

鬼は漢文なんかだと、部首の「云」つけて、魂だったりするんですよね。つまり、死者。もしかしたら、この鬼も死者ってことなのかもしれないですね。

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さあ、そしてラストシーン。

さて一寸法師はこれを見て、まづ打出の小槌を濫妨し、「我々が背を、大きになれ」とぞ、どうど打ち候へば、ほどなく背大きになり、さてこのほど疲れにのぞみたることなれば、まづまづ飯を打ち出だし、いかにもうまさうなる飯、いづくともなく出でにけり。不思議なる仕合せとなりにけり。

ここは普通ですね。問題はここから。

 その後、黄金、銀打ち出だし、姫君ともに都へ上り、五条あたりに宿をとり、十日ばかりありけるが、このこと隠れなければ、内裏にきこしめされて、いそぎ一寸法師をぞ召されけり。すなはち参内つかまつり、大王御覧じて、「まことにいつくしき童にて侍る。いかさまこれはいやしからず」、先祖を尋ね給ふ。おほぢは、堀河の中納言と申す人の子なり。人の讒言により流され人となり給ふ。田舎にてまうけし子なり。うばは、伏見の少将と申す人の子なり。幼き時より父母におくれ給ひ、かやうに心もいやしからざれば、殿上へ召され、堀河の少将になし給ふこそめでたけれ。父母をも呼び参らせ、もてなしかしづき給ふこと、世の常にてはなかりけり。

都に上った一寸法師と姫君。金はあるは、おいしいご飯はあるは、そういうものが知れ渡って帝に呼ばれます。そして、出自が「いやしいわけがない」と。

父であるところの、「おほぢ」は、堀河の中納言の子。人に貶められて、流されたと。そしてうばも伏見の少将の子。幼いときに両親を失った(おくれ=先立たれ)とのこと。出自が卑しくないから、堀河の少将に、一寸法師はなったと。

う~ん。ここに来て、あのひどいおほぢとうばが、もともと辛い目にあった血筋だから、一寸法師もすばらしいと。

ある種の、貴種流離譚として語られているんだと思うんですが、どうしても最初の印象があるから納得がいきにくい。あのひどい両親のおかげで、一寸法師は出世し、そして両親を呼んで、幸せに暮らすわけですね。

 さるほどに少将殿、中納言になり給ふ。心かたち、始めより、よろづ人にすぐれ給へば、御一門のおぼえ、いみじくおぼしける。宰相殿きこしめし、喜び給ひける。その後、若君三人出で来けり。めでたく栄え給ひけり。
 住吉の御誓ひに、末繁昌に栄え給ふ、世のめでたきためし、これに過ぎたることはよもあらじとぞ申し侍りける。

こうして、一寸法師は中納言となり、一族は栄えていく。宰相殿も喜ぶ。住吉の大明神のおかげだと。

なんだか、不思議な物語ですね。

僕らは、自分の存在が個人としてあることが前提になるから、当たり前なんですけど、親からひどい目にあえば、親とは違う個人として、別の存在として、それを許さないというか、親と切り離された個人としての自分を考えるわけですね。

でも、こうやってみると、この物語の因果応報は、出自についてまわっている。つまり、おほぢとうばが、過去に立派な出自であるにも関わらず、無実の罪でひどい目にあっているという、それが元に戻ってくる、きちんとした出自に戻るために、住吉の神様が全てを仕組んでくれているわけです。おじいさんとおばあさんは、一寸法師につらくあたり、一寸法師は姫君を陥れる。でも、そういうものもすべて、運命というか、一続きの、一連の出来事なんですね。

なんだか不思議な感じですが、こんな風に、昔話はどんどん近代に、今のような形に洗練されていく。

この間のこぶとりじいさんは、因果応報でしたけれど、そういう形に変えていくわけです。そんなことを学んでおきたいですね。

まあ、おもしろければいいんですけど。期待としては、「昔話ってなんか理不尽だなあ」と思ってくれれば十分です。

でも、それは近代的な、個人主義的な常識で、それはある意味で因果応報的な価値観で、そしてそれは本当にそうなのかっていう、ものすごく現代文的なテーマだったりします。

そんなことを感じる一寸法師なのでした。