今日がいったん古文単語の最終回です。今日は、同じ単語がまったく反対のふたつの意味を持つような注意すべき単語をまとめます。
古文単語をここまでまとめてきましたが、今日は同じ単語のはずなのにいつの間にか、逆の意味になるような単語をチェックしてみたいと思います。
- 「飽く」と「飽かず」~原義は「十分である」ことだけど…
- 「なのめ」は「いい加減」で「普通」から始まったのに…
- 「おぼろけ」も「なのめ」と同じ道をたどっていく…
- 「おいらか」は、「波がない」ことなんだけれど…
- 「おぼつかなし」と「こころもとなし」を覚えてますか?
「飽く」と「飽かず」~原義は「十分である」ことだけど…
まずは現代語の「飽きる」に当たる「飽く」です。打消しが「飽かず」となるように、古文では四段活用ですので、まずここも注意しましょう。
「飽く」というのは、「必要なものが十分与えられている状態」のことを指しています。したがって、そもそも、この段階で、ポジティヴな意味とネガティヴな意味に分かれていきます。
ポジティヴにとらえれば、「十分」であることに「満足している状態」。
ネガティヴにとらえれば、「十分」であることに「嫌気がさした状態」。つまり「飽き飽きした状態」。
ということになります。
だから、実は、その与えられたものに対して、「満足している」のか「いやになっている」のか、そもそも二つの意味にわかれていくわけです。
「満足」か「不満」かということですね。
となると、その打ち消しとなる「飽かず」は、当然、
「十分でない」つまり、不満な状態
「十分であることにいやにならない」つまり、満たされた状態
の二つになるわけです。
だから、ある意味では「飽く」と「飽かず」は同じになるわけですね。
「十分であることに満足」打ち消しは「十分でなく不満な状態」
「十分でありすぎて嫌」打ち消しは「十分でなくもっと欲しい状態」
です。
というわけで、「満足」「不満」というような意味に落とし込んでしまうと、「飽く」も「飽かず」も「満足」でも「不満」でもあるんですね。
「なのめ」は「いい加減」で「普通」から始まったのに…
「なのめ」というのは、「普通」であることですが、ある意味では「いい加減」であることです。だから「ありふれている」とか「そこら中にある」という意味で「普通」です。
つまり、下から真ん中ぐらいを指しているイメージですね。
これを「なのめならず」と打ち消すと…
「普通でない」→格別である。素晴らしい。
「いい加減でない」→ふつうである。
というように、真ん中から、逆に上の方をイメージする言葉です。
ですから、このままいけば混乱は起きないのですが、「なのめ」も「なのめならず」も、普通という意味が重なってしまったために、(おそらく、です)どこかで、「なのめ=なのめならず」になってしまったようです。
結果、「なのめ」にも「格別だ」という評価の意味があるという、おそろしい単語です。
「おぼろけ」も「なのめ」と同じ道をたどっていく…
「おぼろけ」も、実際の過程はわかりませんが、「なのめ」とまったく同じ道をたどったようです。
もともとは、「普通だ・並だ」ですから、「おぼろけならず」で、「普通でない・格別だ」だったんですが、なぜか、「おぼろけ」だけなのに、「格別だ」という意味が入ってしまうんですね。
なんだか不思議ですね。
「おぼろげ」とは異なります。「~げ」と濁ると「朧」です。
「おいらか」は、「波がない」ことなんだけれど…
「おいらか」は「波がない」ことです。
「穏やか」というのがイメージ的に近くて、「のん気」とか「平和」とかそんなイメージも持っています。これだと、基本的には褒め言葉。
でも、「波がない」というのは、「感情の起伏がない」ということでもあります。
つまり、どんなにつついても、何を言っても反応してくれない、というような意味ですね。
これだと「素っ気ない」というぐらいの意味です。「冷たい」ぐらいです。だいぶ「平和で穏やかな感じ」とは逆になりませんか?
癖がない、ということでもあるので、平凡でありふれていることでもあります。
「おぼつかなし」と「こころもとなし」を覚えてますか?
逆の意味、というのでは、「おぼつかなし」「こころもとなし」を覚えていますか?
まずは、「モヤモヤ」で、気がかりで不安。
それを「晴らしたい・解決したい」
といううちに、それが「待ち遠しい」
となるんでしたね。
不安から始まって待ち遠しいまでいくわけですから、これも逆のイメージの単語です。
とりあえず、単語を一通りまとめました。日常語あたりは、もう少し細かく分け直して整理したいな、と思っていますが、単語をしっかりやれば、テストの点はあがりますから、ここまでのものでも、しっかりやってみてくださいね。